山田理事による講演「ツェルマットの持続可能性を高めるための取組」概要を掲載しました。

2026.06.10

5月20日に開催した理事会終了後の勉強会で、山田理事より、スイスを代表する山岳リゾートであるツェルマットにおける持続可能性のあり方と地域経営に関する講演をいただきました。主な内容は以下のとおりです。

1. 厳しい自然環境とサステナビリティ意識の原点

 マッターホルンをはじめとする圧倒的な自然環境を持つツェルマットであるが、元々は岩と雪に囲まれ、農耕や放牧すら難しい、マネタイズが非常に困難な土地だった。過去には貧しさから傭兵として出稼ぎに行くしかない「暗黒の時代」も経験している。こうした厳しい環境と歴史的背景があるからこそ、地域の人々は限られた資源を守り、持続可能であることに対して非常に高い危機意識と責任感を持っている。

2. 明確なポジショニングと「あえてターゲットにしない」戦略

 ツェルマットは、すべての人をターゲットにするのではなく、明確なポジショニングを行っている。例えば、アクセスが容易でないため、天候不良で山が見えないなどで十分な満足度を提供できない可能性がある「日帰り観光客」はあえてターゲットにしないという判断をしている。滞在客を重視し、クオリティと顧客満足度(CS)の向上に全力を注ぐ戦略をとっている。

3. 外資に依存しない住民主体の地域経営

 ツェルマットの大きな強みは、外資が入ってこない点にある。土地を地元の人々が所有しているため、自然環境の保全や景観・建築規制、エネルギー、投資などを自分たちの主導権で強力にコントロールできる。 また、地元で生まれ育った人々で構成される「ブルガーゲマインデ(Burgergemeinde:市民共同体)」という組織が強力な権限を持ち、この組織が出資して株式会社を立ち上げ、収益事業を展開している。行政(村役場)や観光局とこの住民組織が一体となり、「これをやらなければ村が死ぬ」という強い危機意識を共有しながら意思決定を行っている。

4. 徹底した環境配慮(カーフリーリゾート)

 ツェルマットはガソリン車の乗り入れを禁止した「カーフリーリゾート」として知られている。村内を走る電気自動車は村内で製造・維持しており、村外にも販売している。過去に行われた住民投票では、「村内に車を入れるかどうか」ではなく「村までの道路を許可するかどうか」が論点になるほど、環境と景観を守る姿勢が徹底されている。

5. データ活用と顧客ロイヤリティ(CRM)の構築

 ツェルマット観光局は、マーケティング部門として顧客の宿泊データや行動・消費データを一括管理し、高度な現状分析を行っている。 また、単なるリピーター化だけでなく、「一定期間にどれくらい再訪しているか(リピート率)」を重視している。その象徴的な取り組みとして、20年間で20回訪れた顧客をロイヤルゲストとして表彰し、特別なバッジを付与する制度がある。このバッジを見たレストランやホテルが町全体で最上級の対応を行うことで、顧客の生涯価値(LTV)を高めるCRM(顧客関係管理)が地域全体で機能している。

6. 日本への示唆:「地域経営」としての観光

 ツェルマットでは地域経営の中に観光による総合産業化として組み込まれていて、行政、民間、住民がフラットにそれぞれに役割を果たしている点が評価できる。日本では、行政が民間と同じ目線ではなく「上から」の指導になりがちで、地域自ら資金を生み出して事業を展開する仕組みが弱いことが課題ではないか。観光を成功させるには、住民の生活満足度を上げ、その上に観光客の満足度を築く「住民よし、事業者よし、旅行者よし」の前提を作ることが重要である。