JSTi 研究員:服部秀樹氏による寄稿「日本の観光地における受入体制のリアルと適切なキャパシティ」

① 初めに:観光の現場で見えてくる「静かな疲弊」

この数か月、様々な観光地の取り組みや調査データ、そして観光案内所等の現地で働く方々の声に触れる中で、私の頭から離れない問いがあります。

「日本の観光地は、一体どこまで観光客を受け入れられるのだろうか?」

ニュースを開けば「インバウンド消費が過去最高を更新」「訪日客数が月間300万人を突破」といった華やかなトピックが躍っています。観光が日本経済を牽引する重要な基盤になりつつあることは業界に生きる人間として喜ばしい限りです。

しかし、その華々しい数字の裏側で、実際に現場に立つ人々の顔を思い浮かべると、そこには「静かな疲弊」と「目に見えない限界」が漂っています。

観光案内所や地域の観光協会、交通機関や宿泊施設の現場スタッフの方々は、押し寄せる多様な来訪者の対応に追われています。

彼らは単に「笑顔で観光案内して終わり」というわけではありません。対応の合間に電話問い合わせを捌き、行政への提出書類を準備し、イベントの調整やSNSの更新、物販の在庫管理までを限られた人数と予算の中でこなしています。

「今、この地域にあるもので、できる限りの努力をする」という真摯な姿勢で現場を守っているものの、人手不足と予算の限界の中で、「もうこれ以上来られても困る」という本音が漏れ聞こえてくることもしばしばです。

私たちが考えるべきは、単に「いかにして観光客を増やすか」という拡大路線だけではなく、現場や地域が壊れてしまわないための「受入体制のリアル」と「適切なキャパシティ」の議論ではないかと考えます。

② 現場のリアルと「全方位外交」の限界

なぜ、観光地の現場はここまで追い詰められてしまうのか。

その背景には、日本の自治体や公的組織が陥りがちな「誰でもウェルカム」という全方位外交の構造があるように思われます。

公的な立場である以上、子どもから高齢者、国内客から多様な国々のインバウンドまで、あらゆる来訪者を公平に歓迎し、一人でも多くの消費を促したいと考えるのは自然な流れと言えましょう。

また、日本には昔から「平均点が一番優秀である」という意識(平均の美学)が根強く、ターゲット層を絞り込んで差別化するマーケティングよりも、万人受けする受け入れを目指しがちな傾向があります。

しかし、多様すぎる来訪者すべてのニーズに応えようとし、言語の違い、文化やマナーの違い、旅の目的の違い、それらすべてに現場のマンパワーだけで対処しようとすれば、スタッフの精神的・肉体的負担や現場の努力は際限なく膨らんでいきます。

さらに厄介なのは、現場がどれだけ汗をかいても、「今日は配架しているパンフレットがよく捌けた」「今日はSNSを更新した」といった業務量(アウトプット)ばかりが実績として評価され、それが本当に「地域にとって望ましい観光客の来訪」につながっているのかが見えにくい点です。

頑張った量ではなく、その努力が誰に届き、どのような時間を過ごしてもらったのかが本来考えるべき点だと思うのです。

あらゆる来訪者を受け入れる「全方位外交」を止め、「私たちの地域は、どのような旅を求める人に合っているのか」というオフィシャルな意思表示を行わない限り、現場の「対応疲れ」は終わらないのです。

③ 小さな観光地にみるキャパシティのリアル:千葉県・鋸山の事例

ここで、受け入れのキャパシティ(収容力)が限られた地域の具体例として、千葉県南房総エリアに位置する「鋸山(のこぎりやま)」を挙げてみたいと思います。

鋸山は、都心からのアクセスが良く、壮大な「地獄のぞき」の絶景や日本寺の大仏・石仏群、豊かな自然の中でのハイキングが楽しめるスポットとして、近年急速に人気を集めています。外国人観光客からの人気も高く、「景色や眺望」「歴史・大仏」「日本らしい自然や軽登山」を求めて数多くの来訪者を受け入れていますが、この鋸山が抱える構造的な課題が「受入キャパシティのリアル」を物語っているように思われます。

第一に、交通インフラの容量が物理的に限られています。最寄り駅であるJR内房線「浜金谷駅」を発着する電車は2両編成のローカル線であり、東京湾フェリーやロープウェーの便数も限られています。週末になれば、午前中の段階で周辺の全駐車場が満車となり、国道まで長い車列の渋滞が発生します。

また、鋸山がある鋸南町は房総半島特有の地形的制約(海岸線の崖地や複雑な山間部)があるため幹線道路の狭さが長年の課題となっていることもあり、単に交通インフラだけが理由ではありません。さらには「豪雨・台風時の土砂災害・通行止めによる交通遮断リスク」も見逃すことはできません。私がとある調査で伺った際には、ロープウェー事務所のスタッフの方が吐露したリアルな悩みも聞くことがありました。

もし、これ以上の過度な誘客を進めてしまうと、2両編成の電車は観光客でパンクし、地域住民が通勤や通学、通院といった日常の足として利用できなくなってしまう恐れがあるのではないかと危惧しています。

ここで非常に興味深いのは、外国人旅行者たちが鋸山に惹かれる最大の理由の一つが「過度に観光地化されていないローカル感」や「過度な混雑がない落ち着いた環境」であるという点です。

電車の本数の少なさやアクセスの不便さが、皮肉にも「過度な観光地化」を防ぐ防波堤となり、この地域の魅力を守っていた側面があるのです。

もし数字だけを追い求めてキャパシティを超えた送客を行えば、地域住民の生活環境を破壊するだけでなく、旅行者が求めていた「ローカルな魅力」そのものを自ら潰してしまうことになります。

ここから読み取れるのは鋸山に必要なのは「現地の方々を疲弊させない程度の送客に止(とど)め、“程よい賑わい”を創出していくこと」なのだろうと思われます。

④ 「適正なキャパシティ」と「来てほしい像」をどう設計するか

鋸山の事例が教えてくれるのは、「インフラや環境の物理的な限界(キャパシティ)は、簡単には増やせない」という当たり前の事実です。

であれば、受入側がやるべきことは、無限の受け入れを目指すことではなく、「適正な人流」をコントロールし、自分たちの地域に合った「来てほしい旅行者像」を明確にすることです。

海外に目を向けると、JSTi理事・山田桂一郎氏が度々紹介しているスイスの山岳リゾート・ツェルマットの徹底した取り組みが参考になります。ツェルマットでは「地球上の全員を呼ぶ」のではなく自分たちのポジショニングを明確にしています。天候リスク等で十分な満足度を提供できない可能性がある「日帰り観光客」はあえて積極的に呼ばず、滞在型で地域のクオリティと環境価値を理解してくれるリピーター客を重視する戦略をとっています。また、建築条例でベッド数を厳格に制限し、混雑しても登山電車の増便は行わないなど、自分たちの適正規模(キャパシティ)を地域主導で守り抜いています。

日本国内でも、来訪者の急激な増加を受けて、受入側が主体となってキャパシティをコントロールする動きが始まりつつあります。

富士山(静岡県): 混雑や弾丸登山を防ぐため「事前登録システム」を導入し、Web登録者には現地でリストバンドを配布して視覚的に識別・管理する社会実験を実施。

白川郷(岐阜県):「合掌造り集落はテーマパークではなく生活の場」であることを掲げ、観光バス駐車場を完全予約制にするとともに、混雑予測カレンダーを公開して分散を促す。

浅草(東京都): 飲食店の店頭行列を緩和するため順番待ちシステムを検証し、歩行者空間と住民生活の質を守る。

これらの事例に共通しているのは、「事前にルールや現地のリアルな状況を発信し、旅前・旅中の合意形成(マッチング)を行っている」という点です。

こうした各地の動きを参考とし、JSTi(一般社団法人日本サステナブルツーリズムイニシアティブ)では観光地の受入側が取り入れるべき“持続可能な観光地に向けてのアクション集”の作成を検討中です。この取組の中で柱として考えているのは、来訪者に禁止事項を一方的に押し付けるのではなく、「わたしたちの地域では、こういう旅を楽しんでほしい」という理由やストーリーを丁寧に伝え、地域に合った楽しみ方を受入側から提案していくような仕組みです。

事前に地域の想いや地域におけるキャパシティの限界を開示しておくことで、地域の文化や暮らしをリスペクトしてくれる来訪者が自然と選ばれて訪れるようになることが期待されます。これは旅行者を排除するためではなく、受入側と旅行者の双方が心地よく過ごすための「共通の約束事」として機能すると考えています。

⑤ おわりに:現場が疲弊しない「持続可能な観光」を目指して

「持続可能な観光」という言葉を聞くと、どこか遠い地球環境の話や高度な理念のように思えるかもしれません。

しかし、その根底にあるべきなのは、「今、そこで観光を支えている現場の人々が、無理なく働き続けられるか」「住民が地域に誇りを持って暮らせているか」という地域のサステナビリティにあると考えます。

「誰でもウェルカム」から「私たちの地域に適した文化とスケールの提示」へ。「数を追い求める観光」から「お互いのリスペクトに基づいた適正な人流(程よい賑わい)」へ。

受入側の体制のマインドに働きかけ、旅前のコミュニケーションとキャパシティ管理を整えていくことは、一見すると手間が増えるように思えるかもしれませんが、長期的に見れば、それこそが不要なトラブルや過剰サービスによる疲弊を減らし、現場を無理なく持続させていくことに繋がっていきます。

観光事業者の組織団体であるJSTiの一員として、地域と旅行者がお互いにやさしい光を灯し合える「程よい賑わい」の未来を、現場の皆さんとともに作っていきたいと強く願っています。

寄稿:JSTi研究員(makes社員)服部 秀樹

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